果てしなきものを求めて

不可知なるあの絶対的なものを日常生活の中で如何にして知りえるのだろうか
しかも超越的な世界、ある絶対的な境域に関する認識は
ロゴスでは限界があることを知りつつ
言語によって尚、論考せざるを得ない矛盾的状態に身を置いて
其のコトバの綴る文脈の背後に「生きた何ものかを」探ろうとする


信仰者は帰依することによってその本質に至らんとするのであろうが
ひとたび知に魅せられたものにとっては
知りたいという純粋衝動に抗することは難しく
よってひたすら芸術を通して徒労に満ちた知的旅路を
飽くことなく辿ることしかできない


少年期から青年期にかけて私に大きな影響を与えたのは兄の存在だった
兄の書棚には好奇心をそそる、例えばヘンリーミラーの「北回帰線」「南回帰線」
「性の世界」、サルトルの「ジャンジュネ」「嘔吐」「存在と無」
美術手帖の特集「シュールリアリズムの特異な世界」
ブルトンの「ナジャ」、ランボーの「地獄の季節」
ロートレアモンの「マルドロールの歌」、マルキ・ド・サド「悪徳の栄え」
稲垣足穂「少年愛の美学」、ユングの「集合的無意識の心理学」、等々


通常の少年たちは決して手にしないであろう類の書物が並べてあった
私は禁断の果実を食べるような気持で
恐る恐るそれらのページを密かに繰ることが楽しみだった


そこには自分の知らない未知なる世界が無尽蔵に広がり
暗い森の中を彷徨っているかのような
言葉の織り成す不可思議な世界にどっぷりと浸ることができた


時代は変革の予感と共に英国からは音楽を通して
ビートルズという四人組のグループが世界中の若者を虜にしていた
またアメリカの西海岸では薄汚い格好のヒッピーたちが
自由と愛をスローガンに既存の体制からのドロップアウトを訴えていた


日本では連日、手拭いで顔を隠したヘルメット姿の学生たちが
テレビ画面を占領し、経済復興の真っただ中
混沌の中から何かがマグマのように胎動しようとしていた


第二次世界大戦後の経済発展途上における世界は若者の烽火が
芸術や文化、社会を変革させようとする運動が世界を席巻しているかのようだった


そんな中、私は社会問題の本質は単に社会を外的に改革するだけではなく
その社会を構成している人間一人一人に問題の本質があり
そこを明確にしない限り本当の変革や解決には至らないのではないのかと思っていた


社会の矛盾はそこに生きている人間の内面の矛盾の現れであり
その原因がどこから始まりなぜ人間は矛盾した存在なのかと言う
根源的問題点が分からない限り外的変革は単に一時的なものにすぎないことを感じていた


人間の分裂状態はいつから始まったのか
その原因はあるのだろうか
悪の問題はどこから始まったのか
もともと人間が生まれながらに持っている宿命なのだろうか
宗教はなぜ完全に人を救うことが出来ないのか


生と死、見えない世界、不可知なるものへの好奇心、憧れ、疑念等々
無数の問いかけが当時の私の脳裏に次から次へと浮かんでいた


原理を初めて聞いた時の衝撃を忘れることが出来なかった
概念化されていた神が生きた存在として原理の言葉の背後にいたと言う事実が
コトバを通して溢れるように内面に語り掛けてきたからだ
言葉に神霊が付いていたとしか表現できないような
まさに聖書のヨハネ福音書の冒頭の意味が
実感をもって語り掛けてきたことを憶えている


この運動の中から新しい文化が始まると確信し
献身した直後は全ての作家や芸術家たちの見果てぬ夢の体現者になるのだと
今思えば情熱だけが先走りしていた


振り返る今、信仰二世の若者たちが踊る「無条件ダンス」を見ながら
これが自分が求めてきた文化だったのかと思うと
大切な何かをどこか遠くに置き忘れてしまったような寂寥感に駆られる


残念ながらこの運動には経済と政治運動はあっても
文化運動は殆ど無きにしも等しかったと言えよう


松濤本部の一室で膝を抱えてロックとブルースの音色に聞き入っていた
孝進さんは音楽を通してその実現を図ったのだろうか?


焦燥しきった長髪姿の姿を見るに見かねて
湘南の海辺へお連れした先輩は新しい文化どころではなく
嘗ての若者と同じように抵抗の文化だと言い切っていた


「果てしなきものを求めた」全ての芸術家の魂を包み込む
心情文化の開花はいつの日か来るのだろうか?

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