韓お母様の夢が教えること


シュールリアリズム(超現実主義)の研究をしていた時
夢(霊界)の記述を何度もしたことがあります
夢が正夢になったり
夢の中で夢見た状況を即座に変えたり
或いは連続して夢の続きを見たり
夢を主管することを一つの行として自分に課していました


夢と霊界がどのように関係し繋がっているのか
自分なりに理解しているつもりですが
そのことの心理学的な意味合いは別の機会に譲るとして


夢は其れがリアルであればある程何かを教えてくれるのは確かです


最近は何度もお母様の夢を見るのです
背中に背負って山道を登ったり
ある時は無関心な冷たい表情をしていたり
夢のお母様は様々です


これは昨日の韓お母様の夢の話です


「清平の天寶苑の中に私はいました。そこに一室があり、
奇麗に飾られた部屋にはお母様だけの業績が部屋全体に飾られていたのです。
批判する人たちがいう通り、自分の栄光だけを誇示し飾っているだけなのかと
私が怪訝に思っていると、そこに突然、悲しそうな顔をした
若き日のお母様が現れたのです。


ここが夢の不思議なところなのですが、私は人目見て、
お母様が何を言いたいのかが即座に分かったのです
「貴方はわかってくれますね?」
其の言葉を聞くと同時に私の中に韓お母様の心情が
流れるように入ってきたのです
瞬時に私は「そうだったのですか」と頷くと
お母様は涙を流しながら私の手を握ったのです


以下その時に流れてきたお母様の心情です


「何回も帝王切開までして十四人の子供を産み
自分の夫が摂理とは言え他の女性との間に複数の子供を産み
しかもそれら全てを愛で受け入れること。
妻として或いは人類の母として消化しなければならない心情の厳しさは
『使命だから』と言う言葉だけでは理解できないものがあるのです


ましてや夫婦の愛はあなた方も二人だけの唯一の貴重な絆でしょう
絶対的な信頼関係が基本となるのは当然のことです
私が五十年以上も『じっと耐えに耐えて来たのです』と言ったのは
私の悲しみが神の悲しみでもあったからです


日本の支配下にあって、また伝統的な儒教の家系に生まれた
真のお父様が男性中心的な考え方になるのは当たり前です
お父様と言えども育った環境に影響を受けるのは当然のことなのです


東洋でも西洋でも世界歴史の中心はいつも男性でした
女性の立場から見れば歴史とは男達の権力への意志と
力の闘争以外の何ものでもありません
その傍らで戦いの犠牲になったのは常に女性や子供達でした


神様の宇宙創造が二性の力の融合による父母様だとすれば
女性は従うだけの弱い存在ではありません
私は極端に歪曲した男性中心社会を批判したいのではなく
主体と対象はあくまでも位置関係のことを言っているのだと思っています
愛という観点から見れば主体も対象も同格だからです」


これが私が受けた韓お母様の心情でした


統一運動の中に突如として独生女理論が現れ
それが独り歩きをしているように見えますが
女性の価値を主張している立場から考えれば
分からないわけではありません


その真偽を問うことも大切でしょうが
私がこの夢を通して感じたことは
愛というものは批判からは生まれないということです
理解し聞いてあげ相手の心情に入った時
見えてくるものがあるからです
愛は理論でも教義でもなく
相手の涙や悲しみを共に生きることです


またより本質的なことは真の父母によって与えられた祝福で
自分たちがそのように変わったのかということなのです


不毛な議論とは実体の伴わない言葉だけの世界のことをいいます
天の父母様聖会も他の団体も理論と理想を論議している間は
本物ではないのかも知れません
本物とは思想が実現できているかどうかなのですから


夢の中での韓お母様の無言の眼差しは
歴史の陰に隠れた背後で世界を支えて来た者達の心情を
代表しているかのようでした


確かに教義の正統性を図ることは大切なことでしょうが
よくよく考えれば私達の目的は人を貶め憎むことではありません


天宙的葛藤とは人間に対してではなくその背後にいるサタンこそが
我々が一番敵視しなければならない相手だからです


その為の武具が愛だとすれば
愛とは相手の事情の中に入ってその人を心から理解してあげる時に
全ての誤解や蟠りが溶解するのでしょう


宗教の独善性を盾に知らず知らずのうちに
自分たちだけが正しいという自己中心性に侵されないことを
今一度肝に銘じて戒めるべきでしょう


それぞれの組織は本来の夢の実現に向かって
実体的な善なる競争をするべき時が来ているのです

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