神側の3・1独立運動

onetaste

摂理観とは何を基準にして判断するのでしょうか?
文師はそれをアダム家庭の中に見ました
家庭レベルから国家レベルまでまさに一貫した摂理観の中心は
アダム家庭だったのです


韓日米を神側のアダム、エバそして天使長国家として立たせ
朝中ロをそれと反対する立場に立たせて摂理を展開したのです
世界の復帰とはその三国を束ねて原理的に蕩減復帰させ
一体化させるというものでした


そしてその中心が朝鮮半島の南北統一だったのです


それゆえ文師は朝鮮半島で最初の基台を造り
その基準を日本そして米国へと繋げていったのです


神側の基台の上にカイン圏であるソ連のゴルバチョフ、中国への経済的投資
北朝鮮では金日成と直接会談し和解をするところまで摂理は進みました
しかし残念ながら道半ばで文師の志は実現されることなく聖和されたのです


南北統一がそんなにも重要だった理由は原理の具体的な第三祝福である
地上天国の鍵がそこに在ったからなのです


神とサタンと言う二つに分かれた世界の象徴を
独裁と民主
弾圧と解放
共産主義と自由主義の中に見る原理観で
相反するものを愛によって凌駕し
憎しみの38度線を越えることで
摂理歴史に終止符を打とうとされたのでしょう


元来は1945年の第二次世界大戦の終焉を通して
勝者であるキリスト教国家が一体化すれば
摂理の春が始まっていたといわれます
しかしながら失敗することよって摂理は延長され
その蕩減として朝鮮半島は南北に分断されてしまいました


そして分断された状態を蕩減する摂理の同時性が再び今
南北に訪れていると見ることは決して荒唐無稽な話ではなく
文師の原理観を受け入れたものにとっては
現実感をもって「時の訪れ」を切実に感じているはずです


アフリカやネパールでの大会を否定はしませんが
それが南北統一とどのような関係にあるのか
原理的に納得のいく説明をしてもらいたいものです


来年の3月1日の独立運動100周年を視野に
既に文大統領は北朝鮮の金正恩に共同して祝う事を提案しています


では韓国と北朝鮮はそこで何を祝うというのでしょうか?


仮に南北が日本による朝鮮併合を不法なものとして
南北統一を実現しようとするならば
原理的にはアダムとエバ国家の分断を意味します


最近の世論調査によれば70%の日本人は「韓国疲れを感じている」と応え
韓国では相変わらず反日教育の影響で日本に対する恨みや憎悪は
一向に収まることはありません
まさに日韓の現状はアダムとエバの離反を目指して突き進んでいるのです


外的に韓米日が離反して行こうとする現在
その声を封じて自由と民主主義の一体化を図る運動が
今こそ願われている時はないはずです


韓国や日本にも保守層を中心に国の行く末を憂慮する良心派がいるのです
神の摂理は分断や分裂ではなく一つになることから始まります


日韓の離反を憂慮する声をお互いの国民の中に届けるために
召集された人間が祝福家庭です
祝福家庭とは自分たちの祝福を誇ることではなく
その祝福を世界に分け与えるための使命を持つことでもあるのです


その最後の国家レベルにおける祝福がアダムとエバである
韓国と日本の一体化なのです


疑心暗鬼になっている両国民の誤解を解き
韓国の健全な精神を持つ勢力の先頭に立ち
日本の自由と民主主義を守ろうとする人たちを束ね
日韓の一体化を推進する運動の炎を上げる時がきているのです


神側の3・1運動はどこに行ってしまったのでしょうか?

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