韓鶴子お母様の霊的迷走

『私は学生の時に長老教会に通ったのち、天理教に通うようになりました。天理教で二十一日修練を受け、活動をしながら、最年少の教師として五年間務めたあと、金明大先生から伝道されて入教したのです。

・・・ところで私たちは、五本の木と井戸を定める前に、三度は清平に行って祈祷をしなければならない、という決心をしていました。そこで、五本の木と井戸を定める前に、清平の山神を中心として、すべての霊人たちをみな分立しておきました。湖の中の龍王神を中心として、その地で昇華された家庭であるとか、一般の人々の霊人たちを全部霊界に送ったのです。そうして三度祈祷をしてから龍王神を呼んで、「もう霊はいないか」と聞いてみましたが、龍王神は「いない」と言います。ところが、天使たちが入っていってみると、まだ霊がいました。それでそれらの霊について全部祈祷したのです。』
(「清平特別修練会の手引き」より 金孝南の証 1995年 韓国・水澤洞中央修練院
           ちゃぬさんのブログより引用させていただきました


ここには金孝南の信仰の原点に天理教の影響があると書かれています


天理教では神様の名前は「親神・天理王命」と呼んでいます
天理教でも神は父性と母性を持っていると教えています
金孝南が初めて原理を聞いた時、天理教との神観の相似性に驚いたはずです


天理教の教義では親神様を守る神々(天使)を十全の守護と呼び
その中でクニタチノミコトと言う神名を龍神として水の神様としています
清平で販売していた天運石は龍壺・龍神石と名付けていたようですから
金孝南の霊能力はこうした霊界と繋がっているのは明白です


金孝南の語る龍神はインドのナーガが始まりだといわれています
ナーガとはサンスクリット語で蛇を指します
仏典が中国に伝わった時に漢語訳が「龍」となったのです
蛇や龍は世界各地の宗教神話の中にもたびたび現れてきます


新約聖書では龍は「年を経た蛇」として黙示録に登場し
堕落論では天使長ルーシェルとしてサタンそのものと説明しています


また古代エジプトでも蛇は豊饒を顕す信仰の対象となり
クレオパトラの王冠にも刻まれています
日本神話においては古事記の中にスサノオノミコトと八岐大蛇の闘った
有名な話があります


これらに共通することは自然界に対する人間の恐怖心や畏怖から
見えない世界をその時代の霊性に応じて表現したものと推察されます


因みに西洋と東洋では蛇や龍の考え方が正反対なのです
西洋では自然は人間が支配するためにあるので荒れ狂う龍は
悪の象徴として退治されなければならない対象でした
ところが東洋では河川の氾濫を鎮めるには自然と融和し共生する必要から
畏敬の対象である龍神として崇められてきたのです


話を元に戻すと
この金孝南に憑依したのが韓鶴子女史の大母様こと実の母親でした
戦争を体験し幼少期から片親で大切に育てられてきた韓鶴子女史にとっては
大母様の存在はかけがえのない何よりも命の支えでした


その母親が亡くなって或る時突然
霊的に蘇ったとすればそこに新たな心の支えを感じたことは当然のことでしょう


大母様が憑依して始まった一連の霊界解放は多額の献金を集めることによって
教会活動を支えるドル箱摂理ともなっていました
まさに清平信仰は統一運動の中心的位置を占めていたのです


しかし霊界解放は或る意味では諸刃の剣だったのです
堕落が天使長との霊的問題で始まったように
霊界は原理の武具を備えていないとサタンの餌食になる可能性があるからです


解怨の中心者となった金孝南は後に数千億ウオンの背任容疑で
検察から捜査され国税庁からも脱税疑惑で調査に入られました
その結果、横領や不正行為が明るみに出て金孝南は追放されてしまったのです
裏を返せば清平はサタンの餌食になったと言うことです


問題は金孝南が大母様になり替わって
韓鶴子お母様にどのような影響を与えたかと言うことでしょう


金孝南の主礼による秘密の結婚式やその後の独生女理論
或いは天の父母様と言う神観に女性神の役割を極度に強調する有り様は
従来の原理観から見ると違和感を覚えるのです
ましてや自身が無原罪で夫の文師は自分が解放してあげたとなると
信仰の核心が反転してしまうのです
これらの背後に金孝南の霊的な影響があったことは明白です


「54年間マラソンのように走り初めて、2013年1月13日
基元節のゴールは誰がしましたか?お母様だけがゴールしました」


「私は、それまで隠れていた摂理の真実を話すと言いました。
天の父母様には天の父だけがいるわけではありません
天の母と言う名称は天の母が中心となって
世界人類を抱き,産んでくれるという意味を持つ大きな傘です」


今回の「天宙聖婚60周年特別集会」でのメッセージの根底には
長い間抑圧されてきた人間の鬱積してきた心理が見え隠れします


確かに文師のように四六時中世界人類の救済を考えていた人間と
寝食を共にすることがどれ程大変なことなのかは
本人以外誰にも理解できないことです


ましてやエバの蕩減として従順と服従心を生涯にわたって強いられてきたわけですから
その心の重圧は「推して知るべし」ことでしょう


韓鶴子お母様にとっては文師の逝去は
まさに耐えに耐えてきた54年ぶりの解放を意味したのです
その心の隙にサタンは金孝南を通して惑わしたのです


権力や自己の業績を誇示する
絶え間なく賛美と称賛を期待する
「私」は特別な存在であることをあらゆる機会を通して強調する

その「私」が成したという「私」とは一体誰なのでしょうか?


今思えば文師の言葉には聞く者の心を揺さぶる力がありました
言葉の中に神霊が宿っているのです
残念ながら韓鶴子女史にはそれがないのです
今回の集会でもそれが如実に表れていました


多くの責任者たちが参加していましたが
拍手もまばらで語る本人が何度も参加者に拍手を要請していました
言葉に詰まるのは参加者に心が届いていない証拠です
何よりもそのことは本人が一番感じていたことでしょう


「世界本部長としてユン・ヨンホを任命します
皆様が理解できず、いろんな話が多かったことも知っています。しかし、信じられないことを言ったとき、信じた人です
」と言う「私」を崇拝する人事をするようになるのです


夫である父の業績を称え母としての位置にしっかりと留まっていれば
分裂も名称変更も必要ではなかったのです
まさにサタンは革新的な中心に入って摂理を破壊しようとしているのです
しかもそのサタンの最終的狙いは母を通して
神の血統の相続者を壊滅させることなのです


原理を学び例え何十年と信仰を続けてきたとしても中心を見失えば
摂理の完成も春も来ることなくやがて全ては消えていくのです
受け皿を作りたとえそれが小さくとも神の摂理が継続できる基盤さえあれば
神はそこから新たな摂理を始めることでしょう
その種は既に播かれているのです


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