血統の根源はアボジの種

いつの時代も摂理の転換期があり

どちらかの道を選ばなければならない時がありました。


大切なことはその転換期には

人に頼るのではなく神様に直接尋ねるべきなのです。


ニケーアの宗教会議でアリウス派とアタナシウス派が

イエスは神そのものなのか、人間なのかを論議したと同じように

韓氏オモニが神そのものなのか、真の父母が神そのものなのか

アボジに原罪があったのか、オモニは無原罪なのか等々、

教義解釈の時代がきています。


嘗てのように教会の指導者に従っても、

指導者自身が明確な回答を出せないわけですから

結局は自分の信仰で決定するしかないのです。

それが成約時代という意味なのかもしれません。


パリサイ人や律法学者が失敗したのは神様の事情ではなく

組織に従えば保証される何らかの自分の事情が優先されたのでしょう。


生きた神様を生活の中で感じ

神様と共に心情を共有する後天時代になっている事に

目覚めていない人達は残念ながら

現状維持が唯一の道なのかも知れませんが

それもまた一つの決定です。


アボジが教えたのは相対圏を通したこの現実の中に

神様の心情を復帰する事でした。

それが血統を転換すると言う表現になったのでしょう。


原理は神様の苦痛と涙そして喜びの心情原理です。


悲しみの神様から始まって

喜びの神様の心情を復帰する

全ての過程を通過する事によって

心情の転換がなされると思っています。


血統の根源はアボジの種です。

その種の核に神様の心情が一杯詰まっているのです。


その心情を相続する為には

悲しみの神様の心情を理解し

神様と歴史的な涙を共有する必要があったのです。


それが原理講論です。

その意図は神様の心情の相続と解放でした。


悲しみを共有できた息子娘たちが

復帰原理における正統な相続者です。


その基台の上に後天時代が始まりました。


そこには本然の神様の心情があり

その結論が「宇宙の根本」のみ言葉の心情圏です。


それは男女が一緒になって神様を中心に

喜びの心情を体験する事です。


結婚が条件的な祝福と言われたのは

本然の喜びを相続しなければ

先天時代のレベルで終わると言う事なのです。


アボジの使命は人類に血統転換の祝福を与える事でした。

それは単に聖酒式に参加するだけではなく

一人一人が神様の歴史的な心情を

相続させなければならなかったのだと思います。


心情の相続者にならなければ

血統が正しく転換される場所に

立てないと言う事なのでしょう。


キリスト教徒にその最初の特権が与えられたのは

復帰歴史の涙の神様の継承者だったからです。


アボジが何度も何度も生涯を通して語ってきた事は

ただ一点

神様の心情と真の愛です。


訓読せよと言われた真意は

わかりきった事ですが

み言葉の背後に流れる

神様の心情の相続者たれという事なのでしょう。


オモニの畑に蒔かれる種こそが

全ての鍵を握っているのです。

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