「私」と言う貴重な存在

人間の脳の領域に空間定位という機能があることが
分かってきました
これは自分と他者を区別する神経細胞のことです


例えば地図を開くと地図全体が目に入りますが
自分が行きたい場所に行くためには出発点である
自分の位置が分からなければ
目的地に到達することは出来ません


アメリカの有名な脳を研究していた学者が
脳卒中を起こして病院に運ばれました
左脳の空間定位の領域を破損したのです


彼女は奇跡的に回復してその後その体験を本にして出版しましたが
その時の状態をこう表現しています。


「体は浴室の壁で支えられていましたが
どこで自分が始まって終わっているのか
体の境界すらはっきりわからない何とも奇妙な感覚
体が固体ではなく液体であるかのような感じ
周りの空間や空気の流れに溶け込んでしまい
もう体と他の物の区別がつかない」


「肉体の境界の知覚は皮膚が空気に触れるところで終わらなくなっていました
魔法のツボから解放されたアラビアの精霊になった感じで
大きなクジラが静かな幸福感で一杯の海を
泳いでいくかのように
魂のエネルギーが流れているように思えたのです
肉体の境界線がなくなってしまったことで
肉体的な存在として経験できる最高の喜びより
なお快く素晴らしい至福の時が訪れました」


自我の境界線を無くす絶対無の世界
宇宙の全体の中に溶ける境地
禅やインドの聖者の自他一体の世界とほぼ似たような体験です


空間定位がなくなり全体の中に融合される体験が可能だとして
インドのある聖者がディクシャと呼ばれる方法で沢山の信者を
獲得していました


日本からも多額のお金を払って参加した人がいるようで
有名な船井幸雄さんも参加したと本人の著作の中に書いてありました


脳に直接手をかざして
海馬を刺激すると言う簡単な方法なのですが
多くの人が一種の至福体験をするといいます
恐らく空間定位の領域に気を送っているのかも知れません


無形なる神が被造世界を創造し
人間を万物の中心的位置に立てたのは
「私」という唯一絶対の空間定位があるからなのです


何人も「私」に代わって私と言うことは出来ません
自然も自分の体も与えられたものですが
唯一「私」だけがあなたのものなのです


堕落は本然の「私」が奪われてしまったので
宗教は自己否定を強調したのですが
本来は「私」の中の良心が神に繋がっていれば
そこが出発点となったのです


宇宙空間とは全体としての地図です
そこに「私」という空間定位が設置されているから
イエスは「我を見しもの神を見るなり」と言ったのです
「私」と言う意識が神と繋がっていると言うことなのです


あなたの目を通して
あなたの耳を通して
味わうもの
触れるもの
そしてあなたが人に語り掛ける時
神が共に語り掛けるのです


脳卒中で倒れた脳科学者のように
全体と一つになる体験は貴重なことなのですが
悟りの境地に入った聖者もそこに留まることなく
この世で活動することの大切さを何よりも知っていたので
救いの為に世に尽くす菩薩行を行いました


「私」と言う空間定位に語り掛ける
神と共に日々歩む時代なのです

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