指導者三日修練会を見た感想

耳が痛いかもしれませんが
これは正直に感じた率直な感想です


相変わらず単純なお言葉を賜るだけの韓氏オモニです
一体何人の人が2020年までに国家が復帰されると
本当に信じているのか聞いてみたい気持ちになりました


破綻しているご自身の家庭を「真の家庭」と言うのなら
信徒が目指す真の家庭は「今は残念ながらございません」
と言うのが筋なのではないのでしょうか?


真がないのに「真の家庭の母に従いなさい」とはまさに
自己矛盾も甚だしくこれが「人類が目指してきた理想でした」と
どうして街頭に出て伝えることができるのでしょうか


一度自分たちの姿を客観的に見つめたらよいのです
教義や教育によって条件つけられた人間の一番の問題点は
物事を教えられたこと以外に客観的に
見ることが出来なくなってしまうということです


例えば日韓の歴史問題も韓国の一方的な観点を教え込まされると
その見方で条件つけられてしまうので
他の観点から見ることが出来なくなってしまうのと同じことです


韓氏オモニが「私に対して確信が立ったのは数年にしかならないでしょう。
正直に話してみて下さい。私は許してあげましょう」
「これからは真の母の真の孝子・孝女とならなければなりません
わかりました?」
指導者は決まりきったようにYESと声を合わせるのですが


考えてみればこれは驚くべき言動です


「真の母に対して確信もなくあなたたちは祝福を受けていたのでしょう」
と言われたようなものです
指導者三日修は独生女の確信を持たせるための突然の修練会でした


これほどまでに信徒に対して自分の立場を信じさせようとすることは
逆に言えば内部に独生女論に対して不信感があると言うことの現れ以外の
何ものでもありません


イエスを神として信じて崇めれば救われる信仰観を
強烈に否定してきたのが統一原理の教えでした


晩年の文師のみ言葉は教会組織や父母に頼ることを極力否定し
一人ひとりが自立できるよう何度も念を押しました


それがいつのまにか元来た道に戻ってしまい
ピラミッド型の組織維持の為に死生決断・全力投入
命を懸けろと言うのです


はっきり言えば韓氏オモニから神霊のこもったみ言葉は皆無です
「責任を果たせ」とは逆にご自身にお返ししたい言葉です
「真の母の責任とは真の家庭の実現ではなかったのでしょうか?」と


もういい加減
宗教の組織信仰から卒業して人体というかけがえのない宮殿の中に
一人ひとりが神を迎えることに気が付くべきなのです


韓氏オモニは「私を崇拝するのではなく、私が今出来ていない理想家庭の夢を
一日も早く実現できるよう共に頑張りましょう」と言われたなら
まさに命を懸けて頑張ろうと信徒は思うはずです


なぜならそこには息子たちが帰ってくる希望があり
離れていった信徒たちを蔑むのではなく一つになれるからです
人間はもっと誠実に生きるべきなのです


精誠はこの世の苦しんでいる人に対して与えるものです
自分に精誠を尽くせという親がどこにいますか!



心の中に聞こえる良心を押し殺してただ言われるがままに
従うことは神に対する冒涜です

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